心がわかったら、現実は変わる?―難しい心のことを、やさしく、おもしろく、日常へ―

自分の心が少しわかると、
これまでの自分の「ものの見方」が見えてくることがあります。

「あ、私って、
『この場を自分がなんとかしなきゃ』って、
いつも思ってるんだ。

自分では我慢してるつもりもなかったけど、
気づかないうちに、
いつも調整役を引き受けてたんだな。」

そして、「本当はどうしたい?」を、
もう少し大事にしていきたいな、
と思ったとします。

すると、
「ああ、私、本当は嫌だったんだ。」
「怖かったんだな。でも、ほんとは、やってみたいのかも。」
そんなことを感じられるようになってきます。

はじめのうちは、それが嬉しくて、新鮮に感じます。
でも、しばらく経つと、

……それで?😳

てなることがあります。

現実は、
何にも変わらない。

やりたいことは、
まだできていないし、
仕事や人間関係だって、
急にうまくいくわけじゃない。

心のことが分かったところで、
いったい何が変わるんでしょう?😳

私は、
心が分かっただけで、
現実が勝手に変わるわけではない
と思っています。

でも。
「本当は嫌だった」
と分かったら、
今度、同じことが起きたとき、

いつもと同じように
引き受けるのではなく、
「今回は断ってみようかな」
という選択肢が、
ひとつ増えるかもしれない。

「怖い」
と分かったら、
「じゃあ、やめておこう」
だけではなく、

「怖いけど、
小さくやってみようかな」
と考えることもできる。

「ほんとは、やってみたい」
が見えてきたら、
ずっと頭の中にあったものを、
誰かに話してみるかもしれない。
調べてみるかもしれない。
申し込んでみるかもしれない。

そうすると、
現実の方からも、
何かが返ってきます。

やってみたら、
思っていたのと違った。

思いがけず、
喜んでもらえた。

全然うまくいかなかった。

誰かと出会った。

また迷った。

そして、
「じゃあ、今の私はどうしたい?」
と、また自分を見る。

心を見ることは、

自分の中だけで
ぐるぐる考え続けることではなくて、

次にどう動くかを選ぶための
手がかりを増やすことでもある。

私は、そんなふうに思っています。

「やりたい」
「こうなりたい」
「今を少し変えたい」

そんなものがあるとき、
頭で考えた正解や意志の力だけで
動かそうとするのではなく、
もっと自分の心身全体を使ってみる。



そのために
自分の中で起きていることも
一緒に見てみる。

そして、

今の自分で、
ひとつ選んでみる。

やってみる。
返ってきたものを見て、
また選ぶ。

そうやって、
「やりたい」は、
頭の中にあるものから、

少しずつ、
現実の中にあるものへ
変わっていくのかもしれません。

心を見るのは、
心の中だけで
生きるためじゃない。

その自分で、
現実を生きていくため。

私は、
そこがとても大切だと思っています。

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